【連載第1回】医師の常識は、一般人の非常識なのか

医師という職業は他の職業と比較して、一人前として就業できるまでにかなりの時間を要します。それ故に、医師の中での常識は社会の非常識ともとらえられることも。そんな「医師の常識・非常識」をテーマにさまざまな切り口で医師という職業、性質を見ていきたいと思います。
連載第1回目は、常識と非常識という観点で、医師という職業と他の職業を比較してみたいと思います。

医師という職業が、他の職業と違うところ、同じところ

まず、「医師の倫理」について改めて考えてみます。
「倫理」という言葉を国語辞典で調べると「人として守り行うべき道」「善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの」「道徳やモラル」と示されています。つまり、仲間の間での決まり事、守るべき秩序という意味合いを持ちます。
では、医師の倫理はどうでしょう。日本医師会は、昭和26年(1951年)に「医師の倫理」を作成しています。しかし、時代が進み、時代背景に合わなくなってきたということを受け、平成12年(2000年)にその改訂版ともなる「医師の倫理綱領」ができ、医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである、と明記されています。細かくみていくと
・医療の進歩・発展に尽くすこと
・医師という職業の尊厳と責任を自覚して人格を高めること
・医療を受ける人々を尊重して信頼を得ること
・医療関係者と協力すること
・医療の法を守ること
・営利目的としないこと
という6つの柱から成っています。

倫理という言葉をインターネットなどで検索すると、そのほとんどは医療者を対象としていることから、「倫理」という言葉を特別意識しているのは医療者が多いということが考えられます。
一方、一般企業で働いている方もそれぞれの会社で倫理というものを示されていますが、それはあくまでも「企業内の意思決定の根幹」となるものであったり、一般常識となるものだったりします。このことから、医師も他の職業も「倫理」という言葉によって一般常識を守りましょう、一職業人として何かを決定する際には倫理を活用しましょうというところは共通しています。

とはいえ、医師の場合はこれに加えて「医師という自分の職業に誇りを持ちましょう」という主旨があります。他の職業では、自分の職業に誇りを持ちましょうなどということを堂々と記載している倫理綱領は少なく、これがほかの職業と大きく異なる点といえるのではないでしょうか。
そして、自分の職業に誇りを持つように明記していることによって、医師=偉いという視点で自らの職業を捉えることとなり、一般の常識とは少しずれた、いわゆる「非常識」となってしまう部分があるのかもしれません。

どこまでが常識?医師の日常

倫理に関すること以外にさらにもう一つ、医師になるまでの過程も、医師と一般社会とを隔てる要因となっています。
医師のルーツは、場合によっては幼少期にまでさかのぼります。医師を目指すとなると当然ながら医学部のある大学に入らなければなりません。医学部のある大学には、私学、国公立がありますが、やはり学費のことを考えると国公立を目指す人が多いのではないでしょうか。すると、非常に裕福な家庭はさておき、一般家庭で育った人は、医者になるために国公立の学校を目指します。そのためには、中学受験あるいは高校受験の段階で、よりよい学校へ入ることが必要となるのです。そして、医学部を卒業するまでに6年間、加えて研修医として2年以上の研修期間を経て、晴れて「医師」としての道を歩き始めることになります。

ここで、医学部に合格した人の割合を見てみましょう。文部科学省が18歳以下、つまりストレートで合格した人は13.0%、19歳、つまり一浪で合格した人が13.3%、20歳で合格した人が9.6%、21歳で合格した者が7.5%、22歳以上で合格した者が4.8%となっています。そして前述した医師になれるまでの年齢と照らし合わせてみると、ストレートで合格した場合は26歳で一人前の医師となり、遅めに医学部に合格した場合は一人前の医師になるのが30歳前後となります。
この年齢になれば、大卒で一般企業に就職した場合は、社会人としてすでにそれなりの経験値がありますし、場合によっては管理職についている人もいるでしょう。もちろん、1年目には新社会人としての「下積み」があったとしても、すでに社会人として部下もいる立場なのです。

しかしながら、医師の場合は(もちろん医師としての下積み=研修医時代はあったかもしれませんが)一般社会人としての下積み期間がなく、患者や他の医療者から「先生」と崇められることで社会人生活がスタートします。本来なら医師としての下積みともいえる研修医の立場でも、医師免許を取得して白衣を着ていれば、患者や他の医療者にとっては「先生」なのです。結果として、一般の人が社会に出てから学ぶであろう「一般常識」が、欠落しているように捉えられてしまうことがあるのではないでしょうか。
医師と一般社会の常識のずれに関しては、平成20年にとある政治家が発したことでも、話題になりました。この時は日本医師会などからも反発する意見が出されましたが、少なからずそう考えている人は、医療者同士だけではなく医療者以外にも一定数はいる、ということなのかもしれません。

まとめ

医師と一般人の常識のずれは、医療者からは特に認められるものではあります。しかし、やはり一般人から医師の常識のずれを指摘されるのは、正直、あまり良い気持ちはしないと思います。とはいえ、やはり医師という職業は、一般社会人とは違う部分があるのは確かです。少しでも一般人の考える「常識」を理解していくことは、必要なのかもしれません。

■おすすめ記事
増え続ける医師、生き残るのはどんな医師?
医師育成【東大生は公文式をしている子が多い】
患者に選ばれる医師を目指そう