医師が「人を雇う」時に注意すべき3つのポイント

医師が診療所(クリニック)を開業しようとする時、最初に考えるべきは事業計画書の作成でしょう。標榜科を何にするか、どこで開業するのか、どういう設備を購入するかなど、検討すべき項目は多岐に渡ります。中でも真剣に考えるべき項目の1つに「どういう人を何人雇うか?」があります。なぜ人の雇用はそれほど重要なのでしょうか。それは、クリニック経営において、もっとも支出の割合が高いのは「人件費」だからです。

雇われる立場から、雇う立場へ

「医は仁術」という言葉通り、医師は損得よりも人命を救うことを考えるものです。病院に勤務している時は経営や採算は上層部に任せて、ひたすら目の前の患者の治療に専念すればよかったのですが、いざ独立してクリニックを開業すると、経営や収益といった「算術」を度外視するわけにはいきません。赤字続きになると、クリニックが立ち行かなくなるからです。

厚生労働省の調査によると、入院診療収益がない無床クリニックでは
・収入(医業収益)の平均:1年で約133,185,000円
・収入(介護収益)の平均:1年で2,247,000円
というデータがあります。一方の支出は、医業・介護費用として122,365,000円。その差額である13,068,000円(収益全体の約9.6%)が、年間の利益、つまり院長である開業医の収入と考えられます。

では支出について詳しく見てみましょう。大部分を占めるのは給与費で、約63,361,000円です。これは費用全体(院長の収入も含む)の構成比率の46.8%(医業・介護費用のうち約51.8%)に当たります。次いで医薬品費が19,126,000円(費用全体の14.1%)、清掃などの委託費が4,956,000円(同3.7%)、減価償却費が4,945,000円(同3.7%)になります。
「医療機器や設備などのリース代金が高いのでは?」と考える方もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。エアコンなど建物設備のリース代金を指す「設備機器賃借料」は1,944,000円(同1.4%)、医療機器のリース代金である「医療機器賃借料」が1,294,000円(同1.0%)となります。医療機器や建物設備のリース料金は、合わせても2.4%程度です。

入院診療収益がある有床クリニックの場合は、支出の中で給与が占める割合がさらに上がります。同調査によると、給与費は165,222,000円と構成比率の51.6%を占め、医業・介護費用である298,813,000円のうち、約55%以上が給与費となる計算です。そのため、給与額が5%上下しただけで、経営の収支は大きく変化することになります。

雇用する側にも発生する責任

雇用を考える上で難しい問題の1つは、そう簡単には従業員を辞めさせる(解雇する)ことができない点です。労働契約法第16条に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」とあり、さらに労働基準法第20条※2では「労働者を解雇しようとする場合は、少なくとも30日以上前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければならない」と規定されています。

ただし、これはあくまで原則としての話で、実際には30日前に予告して解雇しようとしても、なかなかできない事情があります。厚生労働省が公開している「労働契約の終了に関するルール」には、労働者に相応の重大な過失がある場合を除いて解雇することは難しいことが書かれています。また、解雇の客観的に合理的な理由については次のような要件が挙げられます。

・労働者の労務提供の不能による解雇
・能力不足、成績不良、勤務態度不良、適格性欠如による解雇
・職場規律違反、職務懈怠による解雇
・経営上の必要性による解雇

こうした点において、従業員に重大な落ち度があったのか、どのような重大な損害を与えたのか、やむを得ない状況ではなかったか、などの解雇の妥当性を裁判所が判断します。つまり、なんとなく性格が合わないから、あるいは多少作業が遅い・ミスが多いといった理由だけでは、スタッフを解雇できません。そのため経営者には、いったん雇用する以上は極力辞めさせないよう努力をする責任が生まれるのです。

雇用まではじっくりと

以上の現状を踏まえると、スタッフの雇用は慎重に進めるべきと言えます。具体的な方策として、まず1つは「期間を決めた雇用をする」ことです。
期間を決めた雇用とは、例えばひとまず2か月などという期間を決めて雇い入れ、その後正職員にするなどの手続きをすることです。労働基準法第20条には解雇予告の除外規定があり、「2か月以内の期間を定めて使用される場合」は、解雇予告の必要がありません。1〜2か月かけてスタッフの人柄や仕事ぶりをよく見てから正式に雇えるので、無難と言えるでしょう。
もう1つの雇用の仕方の工夫は「派遣社員を取り入れる」ことです。派遣会社との契約で「人材派遣契約終了の1か月前までに予告する」などと事前に取り決めをして、その契約に基づいて人材派遣サービスの停止を連絡すればいいので、解雇や訴訟といったリスクが低いと言えます。ただし、派遣社員を利用した場合の費用は、通常の時給の2〜3倍程度と高いため、長い期間利用し続けると収支のバランスが崩れるという別のリスクも出てきます。

開業医の失敗談として
・直感で雇用したら、愛想が悪くサボってばかりの人だった。辞めさせようと小言を言ったらパワハラで訴えられた
・以前に勤めていた医療機関の看護師を引き抜いて自院の職員にしたため、のちのちもめてしまった
など、雇用にまつわる揉め事は数多くあります。医師は医療のプロですが、人材のプロではありません。雇う場合も問題のあるスタッフの処遇を考える際も、少ない経験の中で判断するのではなく、社会保険労務士や人事コンサルタント、派遣会社といった人材の専門家のアドバイスを受けながら、バランスの良い雇用計画を立てることが大事なのではないでしょうか。

まとめ

クリニック経営をする医師が、雇用を巡って気をつけるべきポイントは3つあります。1つ目は、支出に占める人件費の割合がおよそ半分を占めるため、報酬額の設定は慎重にすべきという点です。2つ目は、いったん職員を雇用してしまえば、法律上、なかなか解雇することができないことです。3つ目は、十分な試用期間を設けることや、派遣社員を雇い入れるなど、経営者と労働者のいわば「お見合い期間」を設けると、雇用のミスマッチが起こりにくいという点です。以上のような方法を参考に、雇用側にとっても働き手にとっても充実した関係性を構築していくことが大事だと言えるでしょう。